へぼてんブログ

めっちゃ楽しそうなのに下手なおっさんとして天文趣味の裾野を広げます!

星見専用眼鏡の機序を考える「ごっこ遊び」

たぶん間違っているエントリを書きます。
しかも「結論」はありません。

念のためですが、僕はこの商品に好意的です。
ケチを付ける意図は少しもなく、「『よく見える』ようになる機序が分からない」ことが頭の中でもやもやするので、どうにかして解決したい一心です。

 

【もっとも大切な前置き】
これを書いている雑兵Aは名前の通り素人です。
コンタクトレンズに関わるお仕事にほんのわずか触れたことがあるだけで、眼科学や眼鏡作成技能などに何ら専門的な知見を持ちません
専門家による実のある考察でなく、素人のごっこ遊びに過ぎません
雑兵Aが理解するしないに関わらず、星見専用眼鏡はハンズオンで「よく見える!」と評判だった信頼できるプロダクトであることに変わりありません。
「素人のごっこ遊び」より専門家の知見を信頼して下さい。*1

1.ステラグラスとは?

サイトロンジャパンさんがリリースされた星見専用眼鏡。
「星空をよりはっきりと観察することができる」素晴らしいプロダクトです。
星まつりでハンズオンが行われたそうで、実際に「よく見える!」と評判の商品が待望のリリースです。
なにそれ欲しい。ぼくも使ってみたい!

 

当該プロダクトは、株式会社サイトロンジャパンさんと東海光学株式会社さんの共同開発によるものと記載されています。

東海光学株式会社さんは「高品質な眼鏡レンズを生産する、大手眼鏡レンズ専門メーカー」とある通り、眼鏡レンズ国内シェア16%を誇る日本有数の眼鏡レンズ専門メーカー*2、唯一の技術をいくつもお持ちの専門会社さんです*3。一般知名度は必ずしも高くありませんが、業界トップ4を占めるすごい会社さんです。
株式会社サイトロンジャパンさんは、天文趣味者である私たちにとって先刻承知のあのサイトロンジャパンさんです。

そんな高い信頼ある会社さん方が共同開発されたのが、このステラグラス。
星まつりのハンズオンでも評判だった、間違いのないプロダクトです。

 

当該プロダクトのコア機能は「-0.25D(ディオプター)の過矯正眼鏡」と考えられます。*4
「透過率に優れるマルチコートを施したレンズ」や「オーバーグラスタイプのフレーム」等は従たる機能と思われます。

 

となると「-0.25Dの過矯正状態」「星空をよりはっきりと観察することができる」効果をもたらす機序が説明できなければなりません。
しかし僕にはそれがよく分からない。

(後述するように「薄明視に持ち込み錐体細胞を機能させることで高い解像度(≒視力)を得る」狙い?等と推測しますが、やはりよく分かりません)

 

2.私たちの「眼」構造をカメラに例えて

私たちの「眼」の構造は、しばしばカメラに例えて説明されます。
この記事で注目するのは、デジタルカメラ撮像センサー絞りです。
私たちの「眼」の奥にある網膜が撮像センサーに相当し、瞳孔が絞りにあたります。

眼の構造。https://www.ccs-inc.co.jp/guide/column/light_color/vol24.html より引用

デジタルカメラでは、撮像センサーには光の三原色である赤・緑・青を担当するRGBの撮像素子がRGGB等のベイヤー配列をしています。

ベイヤー配列。https://www.mitani-visual.jp/mivlog/imageprocessing/bayer-arrangement.php より引用

私たちの「眼」は、RGBの撮像素子に相当するものとして錐体細胞が並んでおり、おおむねL錐体がR撮像素子・M錐体がG撮像素子・S錐体がB撮像素子に相当するものとして並びます。

視細胞の並び。https://takeru-eye.com/blog/04162021-color-blind/ より引用

高校理科で生物を選択された方は何となく思い出されたでしょうか?
錐体細胞の他に桿体細胞があるんでしたよね。

 

3.ヒトの「眼」はカラー・モノクロの複合素子センサー

ここからややこしくなってくるというか人体の精緻さにうっとりするところで*5、私たちの「眼」はカラーカメラのRGB撮像素子に相当するL錐体・M錐体・S錐体細胞と、モノクロカメラの撮像素子に相当する桿体細胞がミックスされて並びます
つまりカラーカメラとモノクロカメラの複合素子センサーが、私たちの「眼」の網膜です。
大きさ配列が不均一でモアレや偽色と無縁なRGBWマルチスペクトル構造*6なんと素晴らしい!*7

桿体細胞と錐体細胞の分布。http://optical-learning-blog.realop.co.jp/?eid=62 より引用

錐体細胞は3つに分かれて色を知覚できます
桿体細胞は色を知覚する種類を持たない代わりに、弱い光を鋭敏に知覚可能です。(フォトン1個に応答可能!)
まさにカラーカメラとモノクロカメラの特徴に似ています。

 

そしてこれらの知覚細胞は網膜上に均一に並びません。
黄斑中心窩(≒網膜の真ん中)において錐体細胞が極めて高い密度で並び、高密度センサーによる高い分解能(≒高い視力)をもたらします。
これを「中心視力」と呼び、一般に「視力」と呼んでいるものにあたります。

桿体細胞と錐体細胞の分布。http://optical-learning-blog.realop.co.jp/?eid=62 より引用

中心窩をわずかに離れると錐体細胞の密度は著しく低くなり、分解能も低くなります(≒視力も低くなる)。

 

かんたんに少し試してみましょう。(面白いから試してね!)*8
片手をグーに握って目の前に伸ばして、親指と小指を立てて下さい。
親指に注目しながら小指に意識を向ける(そらし目)と、親指は爪先や根元の半月もクッキリ見えるのに、小指はボンヤリしていませんか?

一般に視力が1.5ある人でも、注視点から握りこぶし1つ分(約8deg)離れるだけで視力は0.3にまで低下することが分かっています。*9
これが錐体細胞の密度が中心で高く周辺へ行くにしたがって低くなることの現れです。*10

 

錐体細胞は中心窩(≒網膜の真ん中)で最も密度が高く、約147,000個/㎟。
しかし中心窩をわずか10°離れると約10,000個/㎟に激減し、周辺まで同じ密度で拡がります。

これに対して桿体細胞の分布はドーナツ状です。
中心窩に全く存在せず、中心窩より20~30°離れた領域で最も密度が高く、約160,000個/㎟。
桿体細胞の分光感度特性は510nmをピークに持ちます。おおむね青緑色に高感度。
つまり暗いところで青緑色がよく見えるということで、これを利用したのが道路の方面看板の青色や非常口の緑色ランプです。

どう見てもやり投げにしか見えない方面看板 https://blog.goo.ne.jp/morly777/e/b15ccea992cd00d630d5e08330e1b92f より引用

どう見てもやり投げにしか見えない方面看板

光感度に優れる桿体細胞がドーナツ状に存在することは、天文趣味者の方にとって「暗い対象は『そらし目』を使うとよく見える」ことで経験的にもご存じのやつです。

4.星見専用眼鏡は何をする眼鏡?

さて、星見専用眼鏡は何を用いて「星空をよりはっきりと観察する」狙いなのでしょうか?


私たちの生活圏の明るさは0.001lxの星明かりから10,000lxの直射日光下まで100万倍以上の範囲にわたります。
これに対応する私たちの「眼」は3つの機能を備えます。

1つは瞳孔の大きさによる入射光の調節
2つは明るさに応じた錐体細胞と桿体細胞の交代
3つは錐体細胞・桿体細胞それぞれの順応による感度調節です。

 

1つめの瞳孔径による調節は、カメラの絞りそのものです。

私たちの「眼」の瞳孔径は2mm~6mmないし8mmに変化し、およそ9~16倍の光量調節を担います。*11

錐体細胞は0.1lx以上の明所視をカバーし、桿体細胞は0.001~10lxの範囲の暗所視をカバーします。
バーのカウンターや上映前の映画館・プラネタリウムの明るさが、およそ10lxです。
10lxを超える明るさで桿体細胞は飽和して動作せず、私たちの都市生活条件で桿体細胞はまず飽和して活動していないと考えてよいことになります。

両者が重なる0.1~10lxの範囲を薄明視といいます。

 

私の仮説は3つです。

最も有力な第一の仮説は、素人の私が理解・発想できない何らかの機序によりよく見えるというものです。
星空の専門集団である株式会社サイトロンジャパンさんと眼鏡レンズ技術のトッププロである東海光学株式会社さんへの信頼です。
たかが素人の私が理解・発想できることが人類の知見の全てだなんておこがましい考えは微塵も持っていません。
単に私が分かっていないだけで、きっと何かある。いくら考えても分からないけど、必ず何かある。

 

第2の仮説は、過矯正による「眼を細めること」の回避です。
私たちは「ものがよく見えない/もっとよく見たい」とき、無意識に眼を細めます。
これはピンホール効果により合焦範囲が広くなり、合焦範囲外だった対象物が「見える」ことを経験的に知っている無意識による調節反応です。

しかし対象物が「星空」の場合、「眼を細める」≒眼への入射光を絞ることになり、暗い対象物がより見えづらくなります。

-0.25Dの過矯正状態に置かれると、眼を細めても合焦範囲が拡がらないため、ならばと目を見開こうと無意識に動きます。
こうすれば眼への入射光が絞られず、上述の「より見えづらくなる」ことを防げます。
ただ、「そもそも星空を『もっとよく見たい』ときに無意識に『眼を細める』かなあ?」という疑問があり、この仮説はあまり説得的でないと思います。

 

第3の仮説は、何のことはない、ほとんどの方は弱近視ないし弱乱視をお持ちで、眼鏡やコンタクトレンズ等の矯正もわずかに低矯正であることが多いため、-0.25Dの追加レンズがもたらすのは「わずかな過矯正」でなく「完全矯正に近づける」もの、というものです。
そりゃ「低矯正の状態」より「完全矯正の状態」の方がよく見えて当然です。

いわばトリックのようなものですが、よく見えるなら理屈は何だって構いません。
東海光学株式会社さんのオーバーグラスはおおむね1万円程度で、ステラグラスとほぼ同じです。
眼鏡店で眼鏡を作っても、安くて数千円から1万円を超えるくらい。
消費者を騙し討ちして割高な商品を買わせる訳でなく、元々真っ当な製品であるオーバーグラスを相場通りの価格で販売されています。(少しのプレミアム価格も乗せず)
仮に「トリック」でも、良心的な商行為で私は好意的に感じています。

 

ヒトの視力は体調などで変動するもので「完全矯正」状態を眼鏡でもたらすことは困難です。
検眼時に「完全矯正」だった眼鏡の屈折力が、別の体調において「過矯正」になってしまうことは本当によくあります。
だから眼鏡店・コンタクトレンズ店の多くは「見え方保証」の期間をお約束しています。

もし低矯正すぎる眼鏡やコンタクトレンズを作成すれば、お客様は「よく見えないよ?」とクレームを入れて下さることで、再作成して改めて快適に過ごして頂くチャンスがあります。
ですが過矯正の眼鏡やコンタクトレンズを作成した場合、お客様は「よく見える」のでクレームを入れて下さいません。たとえ過矯正の眼鏡やコンタクトレンズで疲れやすくて快適に過ごせなくても。だから快適に過ごして頂くチャンスがありません。
いきおい、ヒトの視力が体調などで変動する幅を見込んで、ごくわずかだけ低矯正の眼鏡/コンタクトレンズを作成するのが通常です。

これは「日々変動するヒトの視力」を「屈折力の変わらないレンズ」で矯正することの、避けられない限界です。

多くの人がごくわずかに弱矯正の近視・乱視をお持ちの中に、-0.25Dの屈折力を足してやれば、ほとんどの場合は「完全矯正」に近づきます。よく見える。*12

 

5.まとめ

ここまで書いたのは「星見専用眼鏡ってどうしてよく見えるんだろう?よく分かんないねぇ」です。
結論はありません。だって分かんないんだもの。ごめんね。

 

【大切なあとがき】
これを書いた雑兵Aは名前の通り素人です。
コンタクトレンズに関わるお仕事にほんのわずか触れたことがあるだけで、眼科学や眼鏡作成技能などに何ら専門的な知見を持ちません
専門家による実のある考察でなく、素人のごっこ遊びに過ぎません
雑兵Aが理解するしないに関わらず、星見専用眼鏡はハンズオンで「よく見える!」と評判だった信頼できるプロダクトであることに変わりありません。
「素人のごっこ遊び」より専門家の知見を信頼して下さい。*13

 

最後まで読んで下さってありがとうございました。また来てね。

*1:私自身、私の「ごっこ遊び」の結論らしきものを信用していません。単なる「ごっこ遊び」ですから。

*2:HOYA株式会社、株式会社ニコン・エシロール、セイコーオプティカルプロダクツ株式会社に次ぎ、トップ4が業界シェアを寡占します

*3:屈折率1.76の世界最高の高屈折率レンズの製造技術や、光学ガラスレンズを染色する技術など、東海光学さんにしかできない技術をいくつもお持ちです。本当にすごい。

*4:"-0.25D(ディオプター)"は、通常「最も弱い度数の近視用眼鏡」にあたります。

*5:大丈夫ですか?付いてきて下さってますか?

*6:ただし視覚情報の差分処理により錯視は発生する。

*7:大丈夫ですか?置いてけぼりにしてませんか?

*8:本当に大丈夫ですか?付いてきて下さってますか?

*9:氏家弘裕「視覚の情報処理」『計測と制御』第41巻第10号(2002年10月号)

*10:ね?ね?面白いでしょ!?

*11:ただしカメラの絞りによる露光量範囲がF2~64の10段階とすれば約1000倍の調節を担うことと比べると、小さな範囲です。

*12:本来、乱視は軸を合わせた円柱レンズ(シリンダーレンズ)で矯正しますが(正乱視の場合)、弱めの球面レンズでも見え方が改善します。

*13:私自身、私の「ごっこ遊び」の結論らしきものを信用していません。単なる「ごっこ遊び」ですから。